生活習慣病とスローカロリー
はじめに
池田 義雄先生(日本生活習慣病予防協会理事長、現 名誉会長、スローカロリー研究会顧問)に「生活習慣病からみたスローカロリーの意義」についてうかいがいました。
本インタビューは、2010年12月糖尿病ネットワーク「スローカロリー情報ファイル」に掲載されました。(2022年6月スローカロリー研究会に移設)
生活習慣病からみたスローカロリーの意義
池田義雄 先生
(日本生活習慣病予防協会理事長)
---- 近年、"食後高血糖"が注目されています。
池田: そうですね。食後の血糖値が異常に上がり、なかなか下がらない"食後高血糖"は糖尿病の早期発見のポイントでもあり、近年の研究では心筋梗塞などの動脈硬化性疾患の危険因子としても注目されています。
---- "食後高血糖"を改善するにはどのようなことが重要ですか?
池田: ポイントとなるのは食事療法です。特に糖質は血糖値に影響を与えますので、上手に摂取する必要があります。糖質といえば、ご飯やパンなどの主食から摂るものや、砂糖や果物などの甘い物に代表されます。
もちろん、それらの食品の量や質、バランスなども考慮すべきですが、糖質を摂取する際に、小腸での消化吸収が緩やかな性質を持っているような食品を意識的に摂ることで、血糖値を急激に上げるリスクを抑えるといった方法も考えられます。
最近では、食物繊維が多く含まれているものや、機能性甘味料、低糖質食品など、さまざまなものが市販されています。
---- 小腸での"糖質の消化吸収"が緩やかだと、どのような効果があるのですか?
池田: 糖質の吸収速度が緩やかであると、糖質の摂取後におこる血糖値の上昇が緩やかになり、インスリンの分泌を抑制する効果があります。吸収速度が緩やかになると、ブドウ糖がインスリンの働きでグリコーゲンとして肝臓に蓄えられていく過程が緩やかになり、脂肪組織においてもブドウ糖が脂肪細胞に取り入れられ脂肪に構成される速度も抑えられます。また、糖質が小腸に長くとどまることにより、インクレチンの分泌が持続的に促進されます。インクレチンは食欲を抑える作用があるため、満腹感の持続も期待されます。
このように"小腸での消化吸収速度が緩やかであること"="スローカロリー"として注目されており、その機序や効果に対する研究も広く行われています。
---- "スローカロリー"の性質を持つ糖質としては、どのようなものがありますか?
池田: 砂糖と同じ二糖類の仲間でパラチノースがあります。ブドウ糖と果糖が結合してできており、砂糖と同じように1gあたり4kcalのエネルギーです。しかし、砂糖とパラチノースは小腸で消化吸収されますが、パラチノースは砂糖に比べて小腸からの吸収速度が1/5と、吸収速度は異なるのです。
ですから、砂糖とパラチノースを同じ量摂取し比較した場合、血糖値の上がり方はとても穏やかです。したがって、血糖値の上がり方を数値化したGI(グライセミックインデックス)は低く、摂取後のインスリンの分泌量も少なくて、ゆっくりと分泌されます。
---- 臨床試験も行われているようですが。
池田: そうですね。生体に及ぼす効果は、このような"スローカロリー"の特性を持つパラチノースを使った臨床試験で明らかになっています。この試験は日系ブラジル人の肥満者を対象にし、摂取する糖質を砂糖単独と砂糖とパラチノースを混合させたものに分けて行ったものです。その結果、砂糖単独よりパラチノースを混合したものの方が内臓脂肪の抑制効果がみられました。
---- 生活習慣病の予防・改善に対しては、"スローカロリー"な糖質の摂取は有効でしょうか?
池田: 有効な部分があると思います。疾病予防という視点からみると"スローカロリー"の及ぼす特性は、生活習慣病予防として勧められる選択肢の一つになると思います。そのためには、摂取する糖質を"スローカロリー"なものに変えた食生活を確立し、継続していくことが必要となります。特性の一つであるインクレチンの分泌促進による満腹感の持続は、過食を防止し過剰なエネルギー摂取の抑制につながります。
もちろん"スローカロリー"の特性は、健康な方の食生活への活用にも期待できます。
---- どのように取り入れるとよいでしょうか?
池田: 例えば、日頃使用する砂糖を、パラチノースに置き換えます。砂糖と半々、または20%、40%をパラチノースに置き換えるだけでもよいでしょう。すべての量をパラチノースに置き換えず一部の量でも、一緒に摂取した他の糖質にも吸収抑制を働きかけるからです。
---- 医療スタッフは、どのように指導に取り入れていくとよいでしょうか?
池田: まずは、医療スタッフの皆さんに、"スローカロリー"の概念や効用を知っていただきたいと思います。そして、食生活の改善が必要な患者さんや糖質管理が必要な方、保健指導の対象者の方などへの指導時に、代替選択肢の1つとして情報提供されてもよろしいかもしれません。日常生活で、飲料や料理に砂糖などの甘味料を多く使用されている方には、特にお勧めではないかと思います。
しかし、実際は、このように直接摂取するよりも、加工食品や外食などで、知らないうちに甘味料が入っていることが多いものです。広く加工食品に使用されている甘味料が、パラチノースに代表される"スローカロリー"なものに変わっていくと、さらにその効果を実感できるのではないでしょうか。
---- 他には、どのような活用法が考えられますか?
池田: 先にも述べた予防という視点でみると、"スローカロリー"は糖質を摂取した際の血糖値の変動、それに伴うインスリンやインクレチン分泌への影響を考えると、メタボリックシンドロームをはじめとする生活習慣病や肥満、糖尿病など、食生活からアプローチできる予防策の一つとして活用できると思います。---- 有難うございました。
(2022年05月 公開)