2021年1月17日
NPO法人 世界健康フロンティア研究会主催による「世界健康フォーラム2020」(Web講演会)が2020年12月15日より2021年1月31日まで公開されました。 世界健康フォーラムは、"健康で健やかに生きるための「食」のあり方"をコンセプトにユネスコや厚生労働省など後援により毎年開催されています。 第41回となる今回のテーマは『今こそ"栄養のすすめ"-ウイルス、癌、認知症に打ち克つ力を!』。コロナ禍の今、われわれができること、すべきことは何かについて、 主として「食」と「栄養」の面から考える時宜を得た内容が語られました。 公開されたフォーラムでは、第8代ユネスコ事務局長 松浦晃一郎氏の開会挨拶で始まり、 基調講演、パネルディスカッションが行われました。 本記事は、世界健康フロンティア研究会の許可を得て、一般社団法人スローカロリー研究会で取材・作成したものです。
基調講演
「感染症の脅威から学ぶ食の力」女子栄養大学副学長 香川 靖雄 氏
■ワクチンの効果も栄養状態次第 冒頭、香川氏は、新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)のワクチンの国内への供給にはもう少し時間がかかるが、「そもそも我々の身体を守ってくれる免疫は、栄養状態がしっかりしていて、はじめて機能するものです。栄養状態が不良であれば、たとえワクチンを打っても十分に抗体を作ることができません」と栄養をきちんととっていれば、過剰に心配する必要はなく、ワクチンの効果も栄養状態次第と語り、新型コロナに打ち克つための栄養面での課題について解説している。■新型コロナの予防は、高エネルギー、高蛋白、高ビタミンが原則 新型コロナの予防は、高エネルギー、高蛋白、高ビタミンという3点にまとめられるが、重症化しやすい高齢者の栄養状態がこの原則に対応できているかについての懸念がある。
- ウイルスと戦うにはエネルギーが必要。感染のために体温が1℃上がるとエネルギー代謝は13%上昇する。ところが国内の高齢者の20%近くがBMI20以下と低栄養状態にあり、新型コロナによる死亡が高齢者に多いことに大きく関係している。
- 健康診断の項目にもある「アルブミン」(蛋白質の主成分)が3.5g/dL未満では、肺炎で亡くなるリスクが11~22倍高くなる。
- 日本人のビタミン摂取量は少なく、これは、栄養をあまり考えずに、おいしさ(味覚)を優先して食べているためである。
1) Izumida T et al.: PLoS One,2019;14(11)e0224802
■フレイルを考慮した高齢者の栄養対策 高齢者は、蛋白質をとっていても、その消化吸収が低下していることがある。同化抵抗性が高まり、アミノ酸をとっても筋肉になりにくいという面がある。
一方で加齢等のために腎機能が低下していると、蛋白質の摂取が腎機能に影響を及ぼす懸念もあるため、アミノ酸スコアの高い良質の蛋白質や、HMB(β-ヒドロキシβ-メチル 酪酸)を適宜使うとよいかもしれない。
もう一つの大切な栄養素は葉酸。日本人の葉酸摂取量は国内の摂取推奨量を満たしているが、国内の推奨量は国際的な推奨量よりも少ない点に注意が必要である。
さらに抗酸化作用のあるビタミンも大切である。最近、魚と野菜と豆類を1日にそれぞれ100g、100g、400gずつとると良いことが、科学的な解析結果として報告された2)。この数値は、今から90年以上前に、香川綾氏(女子栄養大学創設者)が臨床から報告した数値とほぼ一致する。 2) Atsushi Hozawa et al.: J Epidemiol. 2019 Feb 9.doi:10.2188/jea
■日本のレジリエンス(強靭性)で新型コロナに打ち克つ 最後に香川氏は、日本が新型コロナに打ち克つには栄養対策が大切であること、冒頭に述べた「ワクチンの効果も栄養状態次第」を再度強調し、以下の言葉で基調講演を終えた。 「日本はいま大変な状況にあります。しかし、欧米諸国に比べると新型コロナの患者数は数十分の1です。また、今春にはワクチンを使えるようになります。そして日本という国はレジリエンス、強靭性があると言われています。しっかり栄養をとり、適度な運動と十分な休養、それにワクチンの効果により、新型を制圧することができると私は思います」
パネルディスカッション
「今こそ"栄養のすすめ"-ウィルス、癌、認知症に打ち克つ力を!-」 パネルディスカッションでは、女優の生稲晃子さんなど6名のパネリストを迎え、ディスカッションの導入としてのビデオ映像に続き、栄養とウイルス、癌、認知症との関連について、さまざまな角度から討論された。《コーディネーター》
宮崎 緑 氏 (千葉商科大学教授・国際教養学部長) 《パネリスト》
生稲 晃子 氏(女優)
香川 靖雄 氏(女子栄養大学 副学長)
中川 恵一 氏(東京大学医学部附属病院 放射線科 准教授)
益崎 裕章 氏(琉球大学大学院 医学研究科 教授)
家森 幸男 氏(武庫川女子大学国際健康開発研究所 所長)
■新型コロナ禍での癌対策 ディスカッションに先立ち、新型コロナ禍における癌対策に関する数分間の映像が上映された。その内容は、癌は早期であれば95%は助かるため、癌健診の重要性を訴えるもの。映像の中で、今回のパネリストの一人であり癌サバイバーである中川氏が、「癌は『わずかな知識』の有無で運命が変わる病気だ。日本では男性の3人に2人、女性は半数が癌になる」と述べ、癌教育の重要性を訴求した。
この映像の上映に続き、まず、中川氏と同様に癌サバイバーである生稲氏が自身の体験を語った。同氏は、「自分はがんにはならない」という根拠のない自信があったといい、「それが一番いけなかったと思う。そして日本人の多くがそのように思っているのではないか」と問いかけ、「その考え方を変えていかなければいけない」と述べた。
中川氏は、映像で述べた情報を補うかたちで、癌の予後を左右する「わずかな知識」とは何かを解説。生活習慣を整えることは重要だが、それでも加齢とともに遺伝子の経年劣化によって癌が起こりやすくなり、発癌するか否かは"運"の要素が強いと述べた。同氏は膀胱癌のサバイバーだが、膀胱癌のリスクとして明らかになっている因子はタバコだけであり、同氏は非喫煙者だという。また、早期癌は症状に現れないということの社会一般の認知度の低さにも危惧を表明。症状が現れないからこそ定期的に検査をしなければいけないと強調。ところが新型コロナにより癌検診の受診者数が激減し、結果として癌患者が大幅に減っているという。同氏はこの影響が、来年・再来年に進行癌患者の著増というかたちで現われることを懸念している。
中川氏が語る「発癌は"運"」という点には、益崎氏も「生活習慣が正しくても癌になる方はいる」と同意を示した上で、「生活習慣を整えることでリスクを下げることはできる」と語った。生活習慣の改善で発癌リスクを抑制できることを示す最たるものが、糖尿病と肥満症による癌リスクの上昇だという。 益崎氏によると、血糖値が高いということは「癌細胞に餌を与えているようなもの」なのだそうだ。また、日本で急増している大腸がんは、明らかに運動不足と関係があると語る。さらに発癌のメカニズムを詳述。癌細胞は1日に数千個発生しており、免疫力により即座に除去されている。しかし免疫力が低下していると、癌細胞が除去されずに長い年月を経て診断可能な程度に成長するのだという。
香川氏は、「癌に関する明るい話題を提供したい」とし、C型肝炎完治法が今年のノーベル賞を得たことや、ヘリコバクターピロリに対する除菌療法が普及したことにより、肝癌や胃癌は制圧の目途がついたことを紹介。これに補足するかたちで家森氏が、ピロリ菌感染がある場合は、食塩摂取量と胃癌リスクが正相関するので、食事や栄養の面もやはり重要であると述べた。
■新型コロナと栄養 次に、新型コロナと栄養に関する映像が上映された。この映像では家森氏が、世界で新型コロナの患者数が多い国は肥満が多い国であることを指摘。また新型コロナによる死亡率と肥満の有病率は見事に正相関すると述べた。肥満者の食生活は高脂肪であることが多いが、現在COVID-19による死因として注目されている血栓症は、高脂肪食によりリスクが高まるという事実を指摘。さらに高塩分でも血小板凝集能が亢進し血栓ができやすくなるという。つまり、脂肪分や塩分のとり過ぎが新型コロナ重症化の媒介因子として働き、肥満や糖尿病、高血圧を抑制する食事が新型コロナ予防の基本的戦略として重要だと解説した。
家森氏の提言を受けて香川氏は、新型コロナで亡くなった人で栄養状態が良かった人は200人中わずか4人しかいなかったという東京都のデータを紹介。いまだ特効薬とワクチンを手にしてない状況だが、栄養状態が良好であればたとえ罹患しても重症化しにくいという点はたいへん重要だと述べた。
益崎氏は、肥満や糖尿病の人では唾液腺や消化管から分泌されるIgA(免疫グロブリンA)の分泌が低下しており、それが発酵食品や玄米食などを食べることで増加するという最新の知見を紹介。新型コロナが侵入する門戸である口腔を守るという意味でもやはり'食'が重要だとまとめた。
■ヘルシースナッキングでスローカロリー では、自分の食生活が良いのか悪いのか、どのように判断するのだろうか。この点に焦点を当てた解説映像が上映された。映像で紹介されたのは、兵庫県丹波市の小学校を拠点とする健康づくりの試み。この小学校で実施していのは尿検査。24時間の畜尿を簡単に行えるように工夫された簡便な容器を児童に渡して尿検査を行い、ナトリウム/カリウム比などから、野菜を十分食べているかや、食塩をとり過ぎていないかを把握しているという。児童の尿検査の判定を家庭にフィードバックすることで、その児童だけでなく家族全員の食生活の改善につながるという副次的な効果も認め始められているという。
この活動を進めている東海大学健康学部健康マネジメント学科准教授の森真理氏(世界健康フロンティア研究会食育担当理事)は、尿を見ることで行動変容を起こせるのではないかと期待している。生活習慣病の増加とともに患者の低年齢化も進行しているため、尿検査を契機に食べ方を変える子どもが増えていってほしい」と語っている。
映像では、食から健康を支えるためのもう一つの事例が紹介された。玄米を使った菓子についてだ。従来の考え方では間食をすることは摂取エネルギー量を増やし健康によくないとされている。しかし、玄米は栄養価が高く血糖値上昇の負荷が少ない。そのため低栄養予防にも有効だと考えられる。そこで、玄米を原料にした菓子が開発された。そして、それを実際に間食として利用する際の検証を企業が積極的に行なっている。前述の蓄尿検査を用いた評価法により、この玄米を用いた菓子を食べることによる良好な結果が確認されたことが映像で紹介された。
この映像の感想を生稲氏が「間食は罪悪のように感じていたので非常にありがたい」と述べると、益崎氏は「間食がすべて悪いのではなく、血糖値を上げたり太らせる間食がよくない。主食の食べ過ぎを抑えられるヘルシースナッキングという間食の食べ方は非常に理にかなっている」と解説。中川氏は癌との関連では玄米の他にナッツも良いと紹介した上で、沖縄の平均寿命が下がっている背景を琉球大学の益崎氏に対して解説を求めた。
益崎氏は、沖縄が本土復帰した時点では県の平均寿命が全国一の長寿であったのが、30年後には最下位になり、「沖縄クライシス」と呼ばれている状況を解説。それには米国型の食事スタイル、つまり安価で高カロリーの食生活の影響が大きいと述べた。現在、さまざまな啓発活動を展開しているが、結果として現れるのに時間を要しているという。
沖縄の食生活改善がなかなか進まない理由を「脂肪をとりだすとそれが止まらなくなるから」と解説するのは家森氏だ。同氏は、沖縄と同じように食生活が急速に変化した影響で住民の寿命が短期間で短くなった事例は世界中でみられるとし、エクアドルのビルカバンバなどの例を挙げた。
ディスカッションはこのほかに、新型コロナ禍での小児の予防接種が減少している問題、時間栄養学からみた肥満や糖尿病そして免疫との関連、日本食による認知症抑制の可能性などの多彩なテーマにわたり掘り下げられ、90分という時間を感じさせない充実した内容だ。エンディングでは宮崎氏が、「いま言われている『新しい生活』『ニューノーマル』は、密を避けるということだけではなく、食生活や暮らし方など根本的なことにかかわっていることが理解できた。変えてはいけない部分と変えなければいけない部分があるようだ。動画をご覧の方は、まず「食からコロナに打ち克つ」という行動を、今日から始めていただきたい」とまとめた。
コメント
コロナ禍の時代、日常の食習慣が重要で、肥満や循環器疾患のリスクを軽減する食べ方に注目が集まっています。その中でも、血糖値が穏やかに上昇するスローカロリーは、インスリンの分泌を穏やかにし腹部内臓脂肪が溜まりにくく、まさに今の時代に見合った食べ方と言えます。特に若い世代の栄養の問題は、野菜や海藻、キノコ類などの食物繊維の多い食品摂取が少ないことが影響し、成育期の生活習慣病や様々な健康リスクに繋がっていると考えられます。そこで、期待が寄せられているのは「より良い食環境の構築」です。
私たちの身の回りの食環境が健康的であれば、それらを利用する人の健康リスクも低くなるという考えです。世界健康フォーラムでは、そのような企業の取り組みについても触れています。
(2021年01月 公開)