一般社団法人スローカロリー研究会

【トピックス・講演レポート】 インスリン生誕100周年記念 特別講演「"糖のながれ"を意識して、血糖値スパイクを防ぐ」

2021年4月22日

 一般社団法人スローカロリー研究会第7回年次講演会(テーマ:食後高血糖とスローカロリー)は2021年3月21日より4月22日まで公開されました。本講演レポートでは、特別講演「"糖のながれ"を意識して、血糖値スパイクを防ぐ」(河盛隆造先生・順天堂大学名誉教授、同 大学院医学研究科 スポートロジーセンター センター長)をお届けしています。講演も引き続き、本コーナーで掲載します。 本講演は、河盛先生がトロント大学に留学された50 年前、ちょうど、インスリン発見 50 周年から始まり、その後、日本で創設されたスポートロジー学の成果に及びます。そして、コロナ禍の今、先生は、自分を見つめ直すこと、人を思いやることの大切さを指摘します。本講演は、インスリンと糖をめぐる半世紀に及ぶ、河盛先生のライフワークの一端に触れられる内容です。 ※講演冒頭で紹介されたトロント大学でのインスリン生誕100周年記念の討論会はすでに終了しています。

トロント大学留学と"糖の流れ"

 河盛先生とトロント大学との関係は、先生がインスリン発見からちょうど50年目の1971年に、同大学へ留学した時に始まる。

 現地に着いた初日に、インスリン発見者の一人であるベスト先生に面会する機会を得たそうだ。大阪大学で経口インスリンの開発をしていたことをお話しされたところ、ベスト先生は「世界中のウシやブタを集めて貴重なインスリンを生産しているのに、皮下投与の数十倍も必要な経口投与などとんでもない」と叱責されたという。それに対して河盛先生は、インスリンを内因性に門脈経由で供給してこそ生理的な糖代謝制御が可能になるのではないかと応えたところ、ベスト先生は「確かにそうだな」と頷かれたそうだ。

 このベスト先生とのやり取りには後日談がある。2カ月後に、トロント大学でインスリン発見50周年の盛大なシンポジウムが開かれた際のことだ。ベスト先生の講演に、若き河盛先生がスライド係を担当された。講演の途中でベスト先生が突然、「インスリンが発見され50年がたつのに、いまだ高血糖で合併症を来す患者が多数いる。医師がインスリン投与量を決められないのであれば、膵移植や人工膵臓の開発を急ぐべきだ。そして経口投与可能なインスリンの開発も期待される」と発言されたそうだ。河盛先生は、「スライド送りをしながら驚くとともに、大変感動したことを鮮明に記憶している」と語っている。

 先生は留学中、イヌにアイソトープを用いて糖の分布、糖の流れを繰り返し研究された。そのことが、インスリンとグルカゴン、そしてグルコースというこれら三つのバランスが、いかに血糖の恒常性に重要であるかを明らかにし、かつ身体活動、運動の重要性に関する研究を続けることになられた。トロント大学の経験が、"糖の流れ"をめぐる先生のライフワークの契機となったように伺える。

スポートロジー学の創設

 トロント大学より帰国後は、臨床と研究を重ねながら、運動やスポーツにサイエンスを求めて、「スポートロジー」という学問の創設の必要性を実感し、実際にその学問体系を作り、様々な研究を展開されることになった。

 さて、現在、普通体重なのに内臓脂肪が蓄積している人、"やせメタボ"が急増している。多くの医師は「食べ過ぎが原因だ」と言う。河盛先生はこの考え方に疑問を投げかける。「本当だろうか? そうではなく、運動不足によりエネルギーを消費しない体質に変化しているのではないか」。そう考えた先生は、それを実証する複数のデータを報告されている。

 一方、さらに新しい問題は、若年女性の間で広がっている。若年女性は健診結果で全く異常がなくても、詳しく調べると、ビタミンD欠乏、骨粗鬆症の該当者が極めて高率に存在するのだという。若いサルコペニア"若ペニア"あるいは"若フレイル"だ。先生は「これで日本の将来は大丈夫だろうか?」と憂える。

 河盛先生が一貫して「糖の流れ」を研究され、数々の知見を報告してきたことはよく知られている。糖尿病の序章である食後過血糖を改善するには、食事による糖負荷を穏やかにして、肝臓へのブドウ糖流入にできるだけ時間がかけるような工夫が望まれる。そのために、食物繊維の多い食品から食べる、清涼飲料水は飲まない、α-グルコシダーゼ阻害薬を適宜使うといった戦略を提唱されてきたのも河盛先生である。

 糖尿病患者数が増加し、専門医が疲弊しかねない状況にある今、先生は「食後過血糖の段階で、糖を緩やかに吸収させるという戦略を、日本中に広げるべき」としている。

コロナ禍の今だからこそ、見直そう

 講演の後半では、正に喫緊の課題であるコロナ禍についても言及している。糖尿病患者は重症化リスク化が高い。しかし先生は、「コロナ禍を転じて福となすべきだ」という。具体的には、時間に余裕が生まれたのであれば、食事をゆっくり味わうことでおいしく召し上がれるはずであり、食後に運動をすることもできるはずだと語る。

 そして最後に、「我々は力をあわせることで、必ず不可能を可能にすることができる。遠くない将来に、コロナは終息するだろう。その日を待ちつつ、日々の血糖と体調の管理を続けていただきたい」と講演を結んでいる。

(スローカロリー研究会事務局)


(2021年06月 更新)
(2021年06月 公開)