2023年03月24日
スローカロリーシンポジウム「血糖変動に伴う生理的な変化を新たに観る:運動および食事欠食・摂取」が2023年1月28日に開催されました。
開催にあたり、当シンポジウムを企画した宮下政司理事より、運動や食事からみた血糖変動は代謝のみならず多くの生理的な変化を伴うこと、そのため、生理学的な視点からエネルギー代謝を探求することは不可欠であると当シンポジウムの企画趣旨が語られました。
第1部では、当該視点で研究活動に取り組む若手の研究者4名の講演が行われ、最後に総合討論が行われました。本シンポジウム記録では、第1部の講演ハイライトと宮下政司先生による本シンポジウムの総括コメントを掲載しました。第2部の学生セッションは講演タイトルと共同研究者名のみを掲載しています。
スローカロリーシンポジウム 第1部
●テーマ:血糖変動に伴う生理的な変化を新たに観る: 運動および食事欠食・摂取
講演1 朝食欠食が日中の血管内皮機能に与える影響
鍛島 秀明 先生 県立広島大学 地域創生学部 准教授
朝食を食べない人が増加していることや、そのような欠食習慣が循環器疾患のリスクと関連のあることを指摘した研究が少なくありません。とはいえ、それらの研究の大半は観察研究であり、メカニズムは不明です。
鍛島先生らは、動脈硬化の初期の可逆的な段階で生じている血管内皮機能低下に着目し、朝食を摂取した場合と欠食した場合とで、昼食後の血管内皮機能の指標である血流依存性血管拡張反応(FMD)を比較するというクロスオーバー試験を行いました。
その結果、まず、朝食非摂取条件では摂取条件に比べて昼食後の血糖値が有意に高くなることを確認し、次に、朝食欠食とともに現在増加が指摘されている、夜食(就床近い時間帯の摂食)の影響も検討しました。
夜食を摂取し朝食を欠食した場合、午前中の遊離脂肪酸(FFA)が有意に高値で推移し、昼食後の血糖値とインスリン値が有意に上昇し、かつ、午後の時間帯のFMDの曲線下面積(AUC)は有意に低値となったとのことです。一方で、同時に測定した胃内容排出速度は同等でした。
これらの結果から、朝食欠食により、その後の食事後に血糖値がより急峻に上昇すること、欠食が長時間続くとFFA高値となって、インスリン依存性血管内皮機能改善作用が低下すると考えられることが示唆されたと、結論づけています。
また、既報研究とあわせた考察として、食後高血糖による活性酸素種の増加も内皮機能低下に関与する可能性があると指摘されました。
講演2 運動前の異なるグリセミック指数(GI)の食事摂取が代謝及び食欲に及ぼす影響
坂崎 未季 氏 早稲田大学 スポーツ科学研究科 博士課程2年食後の血糖値を上げにくい、いわゆるグリセミック指数(GI)の低い食事が、食後の脂質代謝の促進し空腹感を抑制したり、アスリートのパフォーマンスを向上させる可能性が報告されています。ただし、これらの研究は海外で行われたものが中心で、研究対象も若年のアスリートが主体です。
低GI食を日本人の疾患予防戦略に組み込むには、国内で一般中高年(非アスリート)を対象とした研究のエビデンスが求められます。坂崎氏らの研究は、まさにそのような視点で実施されました。
運動習慣のない中年の日本人女性15人を対象に、低GI食または高GI食を摂取後の中強度運動の影響を比較するという、無作為化クロスオーバー法による検討が行われました。試験食は、GI値以外、主要栄養素の配分に差がないように調整されました。つまり、得られた結果の差は、GI値の差によって生じたものと考えられます。
両条件を比較すると、当然ながら低GI条件では食後血糖値とインスリン値は低値で推移し、条件間に有意差がありました。これに伴い、低GI条件では運動中の脂質酸化が亢進し、糖質の酸化は抑制されるという有意差も認められました。
一方、食欲に関しては、明らかな差は認められませんでした。この点について坂崎先生は、「食物繊維の含有量の差が少なかったために、食欲の差が生じなかったのではないか」と述べています。
一般的な日本人の健康増進にも、低GI食が役立つ可能性を示した研究だと言えるでしょう。
講演3 食後の血糖値上昇に伴う動脈スティフネスの増大対策」
小林 亮太 先生 帝京科学大学 生命環境学部 講師
食後高血糖が動脈硬化の関連因子であることは、多くの観察研究から示されています。その関連について、小林先生は、動脈血管壁の硬さ(スティフネス)を評価する脈波伝播速度(PWV)を用いた研究のエビデンスを報告しました。
ブドウ糖やショ糖を摂取後に全身の動脈で評価した値(baPWV)は有意に上昇するものの、大動脈で評価した値(cfPWV)は変化しないとのことです。さらに、イソマルツロース(ISO)をショ糖と同量摂取した場合は、cfPWVだけでなくbaPWVにも有意な変化が生じないというデータを報告しました。
以上は、動脈硬化進展抑制におけるスローカロリーの急性効果を示したものと言えますが、小林先生らはこれにとどまらず、連続12週間介入して長期効果を検討する無作為化比較試験も実施しています。
その結果、ショ糖群に比べてISO群では食後1時間の血糖値が介入12週間時点で有意に低く、食後のbaPWVに関しては介入4週後からISO群のほうが有意に低値となり、かつISO群では12週後まで、食前から食後にかけてのbaPWVの有意な上昇が認められなかったとのことです。
また、両群を合わせた解析で、食後の血糖変動曲線下面積(AUC)が大きいほどbaPWVが高値となることや、内皮由来の血管収縮物質であるエンドセリン1のAUCもbaPWVと正相関するといったデータも示されました。
さらに小林先生は、食事以外ではなく、運動介入によっても同様の効果を期待できることを示すデータを紹介しました。食事と運動の重要性を再認識させられる報告です。
講演4 イソマルツロースを用いた糖質電解質飲料の水分摂取効果
天野 達郎 先生 新潟大学 教育学部 保健体育・スポーツ科学講座 准教授
天野先生は主に、暑熱下でのスポーツ中の体温調節に対するイソマルツロース(ISO)の影響について報告しました。
体温の上昇は発汗により抑制されますが、発汗には体の中に水分が十分なければなりません。体内の水分量は、摂取する水分中の糖や電解質の種類と濃度によって変化します。
天野先生の研究グループでは、それらの違いによる体への吸収速度や血漿量、尿量などへの影響を、安静時、運動負荷中、運動負荷終了後の回復中など、さまざまな条件下で比較検討しており、本講演ではそれらの結果がまとめて紹介されました。
水分の大半は小腸において糖とともに受動的に吸収されるため、ISOを添加した場合は糖濃度の低下に伴って、水分の吸収も遅延する可能性があります。また、血糖上昇負荷によって分泌されるインスリンが、腎臓でのナトリウム再吸収を増やすことから、ISOによってその経路が抑制されることも、体内の水分保持にとって負の影響を及ぼすと、理論的には考えられます。
しかし、天野先生らの研究によると、ISOを添加した場合、摂取直後の血漿量の増加がやや遅延するものの、その後の血漿量は高く維持されるようです。さらに、血漿量の増加が関与すると考えられる、心拍数の低下や自覚的運動強度の低下、スポーツパフォーマンスの向上が認められたとのことです。
ISOは多くのメカニズムを介して、アスリートに有利な結果をもたらす可能性を示した研究です。
総括コメント
宮下 政司 先生 早稲田大学 スポーツ科学学術院 運動代謝学研究室 教授
運動や食事に伴う血糖変動は条件によって、運動中や運動後および食後の代謝に影響することが知られています。
例えば、運動前の血糖濃度の高値は、インスリンを介し、脂質代謝を抑制させることで、運動中の基質代謝に影響を及ぼし、最終的に運動パフォーマンスに影響を与えることが報告されています。また、高炭水化物食に伴う血糖濃度の著しい上昇は心血管疾患の罹患率と関わることが報告されています。しかしながら、運動や食事から観た血糖変動は代謝のみならず多くの生理的な変化を伴うため、当該視点での探求は不可欠であります。
従来の血糖変動を主軸としたスローカロリーの概念を超えて、様々な生理応答を検討することの意義を趣旨として、本シンポジウムにて、欠食条件下における血管内皮機能、血糖変動をともなう様々な条件下における体温調節機能、運動や食事介入による動脈血管壁の硬さ及び食欲等の結果を分かりやすく、ご講演いただきました。
当該シンポジウムで紹介された内容はヒトの身体づくりや健康に関わる重要な視点であるため、各演者の今後の研究が楽しみです。
スローカロリーシンポジウム 第2部 学生セッション
第2部では、第1部の演者の共同研究者でもある3大学の大学院生による学生セッションが行われ、講演終了後は、各学生セッションの演者を囲んだ自由討論が活発に行われました。
講演1 グリセロールおよびナトリウムに糖質を加えた飲料摂取が安静時および暑熱下運動時の体液・体温調節反応に及ぼす影響
大塚 純都1, 高田 祥太1, 天野 達郎2
1新潟大学大学院現代社会文化研究科, 2新潟大学人文社会科学系
講演2 朝食欠食が日中の精神ストレスに対する循環応答に及ぼす影響
瀬尾 菜月1,山岡 雅子1,2,神田 雅子1,2,三浦 朗1,2,福場 良之2,3,
鍛島 秀明1,2
1県立広島大学人間文化学部健康科学科, 2県立広島大学地域創生学部地域創生学科健康科学コース, 3広島国際大学健康スポーツ学部
講演3 水分摂取効果が高いイソマルチュロース飲料の提案に向けた研究~飲料の吸収速度と長時間低強度運動に着目して~
髙田 祥太1,大塚 純都1,天野 達郎2
1新潟大学大学院現代社会文化研究科, 2新潟大学人文社会科学系
講演4 若年健常男性における一過性の走運動が食品報酬に及ぼす影響
山田 善貴1, 平津 彩野1,永山 千尋1, 亀本 佳世子2, Sirikul Siripiyavatana1,
田髙 悠晟1,宮下 政司3,4
1早稲田大学スポーツ科学研究科,2早稲田大学スポーツ科学研究センター,3早稲田大学スポーツ科学学術院,4School of Sport, Exercise and Health Sciences, Loughborough University, Loughborough, UK
(2023年03月 公開)