スローカロリー糖質「イソマルツロース」の利用は、 暑熱環境での体温調節反応を妨げない
イソマルツロース摂取の暑熱環境での影響は?
持久系スポーツでは、エネルギー源である血糖レベルを競技の後半にわたり長時間維持することが、パフォーマンス向上の重要なキーポイントとして挙げられる。通常の炭水化物を摂取した場合、競技前半の血糖値は高いものの競技後半では血糖値が低下し、いわゆる"スタミナ切れ"が起きてしまい、パフォーマンスを発揮しきれない。これに対して、小腸でゆっくり吸収される糖質(スローカロリー)であるイソマルツロースを用いることの有効性に関する報告が増えている。ただし、イソマルツロースを暑熱環境で用いた場合の体温調節反応やパフォーマンスへの影響は、これまでのところ報告されていない。
血糖上昇反応の遅延は、水分吸収を遅延させる可能性も考えられる
水分の大半は小腸においてブドウ糖や果糖とともに受動的に吸収される。よって、ブドウ糖の吸収が抑制される状況では、理論的には水分の吸収も抑制される可能性がある。一方で炭水化物摂取後に生じるインスリン分泌によって、発汗や皮膚血管拡張といった熱放散反応が影響を受ける可能性もあり、暑熱環境下での体温調節反応が変化することも考えられる。そこで大塚さんらは、イソマルツロースを用いることで体温調節反応への影響が生じるか否か、およびパフォーマンスが変化するのかを検討した。
3つの条件をクロスオーバー法で検討
研究の対象は、新潟大学の学生から募集された10名の若年男性とした。適格条件は、少なくとも過去4年以上にわたり1日2時間以上、週5~6日、身体的トレーニングを行っており、疾患治療薬を服用していない健康な非喫煙者であった。年齢は20.4±0.5歳、身長1.74±0.06m、体重67.1±7.7kg、最大酸素摂取量 (VO2peak)66.5±6.9mL/kg/分であった。試験デザインは、スクロース摂取条件、イソマルツロース摂取条件、および水摂取条件という3条件での試行を参加者全員に行う、単盲検クロスオーバー法とした。なお、女性の月経周期に関連して熱放散反応や体水分状態が変動する可能性を考慮して,対象を男性のみとした。
味や外観からは区別できないようにして、3条件を比較
テスト飲料の用量は500mLで、スクロースとイソマルツロースの濃度はともに10%とした。また水には人工甘味料を添加し、甘さ、風味、色をほぼ一致させ、区別できないようにした。スクロース水溶液とイソマルツロース水溶液はエネルギー量が40kcal/100mL、炭水化物292.1mmol/Lで、水はエネルギー量も炭水化物もゼロであり、その他、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、カリウムの含有量は3条件で一致させた。
試験参加者には各試験の24時間前からアルコールとカフェインの摂取、および激しい運動を禁止し、試験前日の夜と試験当日の朝は、栄養成分の統一された食事を研究者が提供した。各条件の試行には、6日以上のウォッシュアウト期間を設けた。
試験は室温30℃、相対湿度40%の暑熱環境の実験室で行われた。10分間かけて500mLのドリンクを摂取した後、30分間の休息後にサイクルエルゴメーターを用い、30%VO2peakで2分、75%VO2peakで14分の負荷をかけ、続いて最大努力での運動を1分間継続した。
ドリンク摂取前から運動負荷終了7分後にかけて、数回のポイントで血液や尿検体を採取し、直腸温、皮膚温、皮膚発汗量、皮膚血管拡張反応などを測定した。
血糖やインスリンの上昇抑制作用を確認
イソマルツロースによる糖代謝への影響
結果について、まず糖代謝への影響をみると、ドリンク摂取から20分後と40分後の血糖値は、水摂取群に比しスクロースおよびイソマルツロース摂取条件の双方が有意に高かった。また20分後の血糖値は、スクロース摂取条件とイソマルツロース摂取条件の比較でも、前者のほうが有意に高かった。運動時にはいずれの条件間でも有意な差が認められなかった。
インスリン値はスクロース摂取条件でのみ、20分後と40分後に水摂取条件に比べて有意に高く、イソマルツロース摂取条件は水摂取条件と有意差がなかった。運動時にはインスリン値を測定していなかった。
血漿浸透圧や循環血漿量などは条件間で差がない
続いて血漿浸透圧の変化をみると、安静時には全体的にスクロース摂取条件とイソマルツロース摂取条件が水条件より高い値であった。ただしこの差は運動時には消失するような傾向があった。血漿量の変化は条件間に有意差はなかった。
そのほか、乳酸値、直腸温、皮膚温、皮膚発汗量、皮膚血管拡張反応についても、条件間で有意差は認められなかった。また体重や尿量に関しても有意差がなく、ドリンクの違いによる体温調節反応の差はないものと考えられた。
暑熱環境でもイソマルツロース摂取によるパフォーマンスへの影響はない
最後にパフォーマンスへの影響をみると、運動負荷中の平均パワーは、水摂取条件337±76W、スクロース摂取条件345±71W、イソマルツロース摂取条件332±55Wであり有意差はなく(p=0.518)、また最大パワーも同順に380±98W、407±98W、371±63Wであり有意差はなかった(p=0.179)。
今後の研究では、より長時間での検討が望まれる
イソマルツロース摂取後の血糖値変化は最初の1時間程度(一般的に血糖値やインスリン値がスクロース>イソマルツロースとなる)とその後(両者の応答が逆転する)で異なる。この特性を基に、著者らは飲料摂取後比較的早期(~1時間以内)に行う運動ではイソマルツロース飲料摂取により体温調節反応が抑制される可能性を予測していた。しかし研究の結果からそれは否定された。結論として著者らは、「イソマルツロースを含む飲料を運動前に摂取することは、スクロースまたは水を摂取した場合と比較して、飲料摂取後1時間以内に行う暑熱環境下での運動中の体温調節反応を妨げないことが示された」とまとめている。
なお、本研究はイソマルツロース摂取によるパフォーマンスへのプラス効果を検討する研究デザインではなく、実際にプラス効果は示されなかった。この点については、「運動負荷時間が短かかったため、暑熱環境下でのイソマルツロースのエルゴジェニック効果を明らかにするには、より長時間の運動条件下での検証が必要だ」と考察している。
文 献
Effects of Isomaltulose Ingestion on Thermoregulatory Responses during Exercise in a Hot Environment. Int J Environ Res Public Health. 2021 May 27;18(11):5760.コメント
若年男性10名を対象に一重盲検無作為化交差試験にてイソマルツロースの自転車運動前の摂取が運動中の体温調節反応、糖代謝および運動パフォーマンス(最大努力での運動を1分間継続)に及ぼす影響を検討した貴重な研究である。 運動とイソマルツロースに関する先行研究において、これまで検討していない体温調節反応について、運動を暑熱環境下で評価している初めての研究である。 イソマルツロースは、摂取後に緩やかに吸収される点と運動中のグルコース濃度の維持を有用性とする一方で、グルコース・インスリン濃度の上昇反応の遅延が水分の吸収、発汗や皮膚血管拡張などの熱放散反応に影響を及ぼすと仮定し、検討している点がこの研究の新規性であり、大変興味深い点である。 著者らは、「イソマルツロース飲料を運動前に摂取することは、暑熱環境下での短時間の運動中の体温調節反応を妨げない」と結論づけている。今後、静脈血を用いたグルコースおよびインスリン濃度の測定およびより直腸温を上昇させやすい走運動を用い、イソマルツロース摂取によって暑熱下での運動中の体温調節反応を妨げないか、さらなる検討が望まれる。
(宮下 政司、早稲田大学スポーツ科学学術院 運動代謝学研究室 教授スローカロリー研究会 理事)