企業インタビューシリーズ❷スローカロリーとおいしさ―江戸時代よりの「おいしさ」を継承する榮太樓總本鋪
スローカロリー研究会では、糖質の量的制限だけが栄養関連の健康障害の解決策ではなく、必要な糖質を必要な量、ゆっくり吸収されることが生活習慣病予防のためには必要であると考え、スローカロリーの啓発活動を続けています。その一環として、スローカロリーの商品を開発・販売されている企業にインタビューを行い、現場からの声を啓発活動に反映させていく取り組みを新たに始めました。
今回は、創業200年を超えて、「庶民の和菓子」の伝統のおいしさを継承される東京を代表する和菓子の老舗、株式会社榮太樓總本鋪の「からだにえいたろう」ブランドの「スローカロリーどら焼き」や「スローカロリー大福」について、同社 商品企画開発部部長 蟹江 浩一氏に、当研究会の宮崎 滋理事長、森 真理理事、樫村 淳理事でお話を伺いました。
「養生菓子」の伝統を発展させる
―江戸時代から長年、「庶民の和菓子」の伝統を引き継いでおられ、社名がそのまま確固たるブランドになっているところ、さらに、健康や栄養に着目した「からだにえいたろう」ブランドを展開されています。この展開の意図を教えてください。
蟹江「からだにえいたろう」ブランドは、2017年の和菓子の日、6月16日にスタートしました。当社は1818年創業で、最初は日本橋のたもとの屋台から始まり、魚河岸で働く人たちを対象に、大福や金鍔(きんつば)を売っていました。当時は、魚河岸に買い付けに来る人や働く人たちに大福や金鍔を売り、人気を博していたと言い伝えられてきました。
大福や金鍔の主原料は、お米と小豆と砂糖です。長年、そういった和菓子を作り続けている会社です。和菓子は動物性の油脂や添加物をほとんど使わずに作られ、「養生菓子」とも呼ばれていて、和菓子自体はそもそも体にとっては悪いものではないと、我々は認識しています。しかしそうは言っても、社会的な健康志向の高まりを無視できません。また、洋菓子に比べてとくに若い世代での認知が低下している実情もあります。
このような傾向の中で、「和菓子は養生菓子だから体にいいんです」と榮太樓ブランドを訴求しても限界はあると考えられました。新しい切り口により、健康感をより強く印象付けるブランドを立ち上げようという結論に至り、「からだにえいたろう」ブランドのプロジェクトを開始しました。自然由来の原料を用いるという和菓子に健康感をもう少し付与して、わかりやすいかたちで世の中に商品を提案していこうという趣旨でした。
―「健康」を押し出していこうとされる際に、スローカロリーの考え方を採用されたのは一つの大きな決断だったと思います。血糖値に着目した「どら焼き」というコンセプトはどのように誕生したのでしょうか?早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構との共同研究を行われた経緯をご紹介ください。
蟹江 榮太樓製品を購入されたお客様からいただく声として、「おいしいのでいつも食べたいと思うのだが、血糖値が心配で」という声が多くありました。それらの声が、パラチノースの機能性に着目した理由です。
「からだにえいたろう」ブランドの立ち上げに際して我々は、当社内部では捻出できないアイデアを広く社外に求めました。そのようなアクションの中で、「パラチノースであれば、お菓子の中に取り入れたとしても、おいしく召し上がっていただけ、なおかつ健康上のメリットも期待できるのではないか」という考えにたどり着いたという次第です。
以前からご縁のあった早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構の高見澤菜穂子先生に相談いたしましたところ、共同開発というかたちでご協力をいただけることになりました。
糖質の一部をパラチノースに置き換え、製品をスローカロリーに
―「スローカロリーどら焼き」の開発はスムーズにいかれたのでしょうか。スローカロリーという機能性とおいしさの両立のためにご苦労されたことがあればお聞かせください。
蟹江 まず、血糖上昇を緩やかにするというパラチノースの作用が発揮されるには、製品に含まれる糖質の15%以上をパラチノースに置き換えることが前提とのことでしたので、それをクリアすることが一つのステップでした。
ご存知のように大福などはもち米と小豆と砂糖でできているので、ほぼ糖質の塊のような製品です。それを、添加する砂糖の15%ではなく、製品全体の糖質の15%以上をパラチノースに置き換えるということですので、砂糖の約30%をパラチノースに変えなければ全体で15%以上にならないのです。
パラチノースが増えれば増えるほど、やはり味が少し変わってきます。お菓子はおいしいことが重要ですから、条件を小刻みに変えて試行錯誤を繰り返しおいしさとスローカロリーを両立した、現在販売中の「スローカロリーどら焼き」や「スローカロリー大福」が完成しました。
高見澤先生との共同研究で、「スローカロリーどら焼き」は通常の製品に比べて、食後血糖の上昇が穏やかであることを確認しております。
―パラチノースは、添加する糖の一部を置き換えることでも食後血糖抑制効果を得られるという基礎研究があります。この点について、基礎研究を進められていた樫村理事に、コメントをお願いしたいと思います。
樫村 単純に餡の糖質を15%置き換えるのではなく、味を落とさずに全体の15%を換えるというのは確かに大変だったと思います。私もおいしくいただいています。そのあたりの技術は、さすがプロフェッショナルだなと感心いたしました。「スローカロリー大福」や「スローカロリーどら焼き」は、パラチノースの知見を実際に製品化に活かしたケースだと思います。
間食として最適なエネルギー量で、腹持ちも良い
森 「スローカロリーどら焼き」のサイズは従来製品と同じなのでしょうか。
蟹江 同じです。開発にあたり、健康感を打ち出すという意味で、サイズを小さくしたり、餡の量を減らすというアイデアもありました。しかし当社は江戸の和菓子屋ですから、いわゆる「ケチる」といった方法があまり馴染まない社風でして、現行製品とサイズも餡の量も同じにしました。
森 「スローカロリーどら焼き」の商品表示を拝見させていただいたのですが、どら焼き一つで207kcalなのですね。現在、間食として最適なエネルギー量は、1日の摂取エネルギー量の10%前後と言われています。ですから207kcalというのは、お茶と一緒に間食として食べる量としてちょうど良いと感じました。しかもパラチノースを使っているため腹持ちがよく、恐らく、夕食までの空腹感を十分満たしてくれるのではないかと感じました。
樫村 私もパラチノースの作用により、腹持ちは良くなると思います。ビジュアルアナログスケールなどを指標として検討されてはいかがでしょうか。我々が行った他の製品の検討では、確かに腹持ちには有意差が生じます。
森 1日3食をしっかりバランス良く食べたうえで、昼食から夕食の間の小腹がすいた時に「お茶とどら焼きを一つどうぞ」というのは、健康的な食習慣と言えるのではないでしょうか。
―どら焼きと大福で開発や製造工程に関して、パラチノースを使うことの影響に何か差異はございましたか。
蟹江 パラチノースは砂糖よりも、火にかけたときに色が少し変化しやすいのですね。どら焼きや、よもぎ大福のような色のついた製品であれば支障はないのですが、白餡を使う場合、色焼けの調整に少し苦労したという話は聞いています。
―森先生はすき焼きにパラチノースを使った研究をされていましたね。すき焼きでは色の違いは気になりませんでしたか。
森 同志社大学の学生とともに、京都の老舗のすき焼き屋さんで研究を行いました。砂糖をパラチノースに置き換えると、食後血糖の上昇が穏やかになるという結果でした。色の変化はわかりませんでした。食品によっては、むしろ焦げ目があって色がついていたほうがおいしそうに見えることもあると思ったのですが、今のお話をうかがって、プロの方は色味にもたいへん気を使われていることに感心いたしました。
栄養面の話を追加させていただきますと、「スローカロリーどら焼き」には、食物繊維が2.2gと書かれていますね。通常、一つの食品中の食物繊維の量は、全体の100分の1あれば適切と言われますので、2.2gという値は非常に多いと言えます。そのあたりも、健康感を強調してよいポイントではないかと思いました。
消費者の反応と今後期待される市場
―最近、「甘い物」や「糖質」は敬遠される風潮がありますが、「スローカロリーどら焼き」などの「からだにえいたろう」商品は、若い人だけでなく、昔からの榮太樓ファンの皆様からも評判を集めていると伺っています。消費者の反応はいかがでしょうか。
蟹江 当初はバラでの販売が圧倒的だったのですが、最近は進物用の需要も増えています。最近、有名タレントさんがブログで紹介してくださるという予期していなかった反応もあり、若い世代にも広がってきています。
―宮崎先生は、施設のスタッフに試食していただいたとのことでしたが、感想はいかがでしたか。
宮崎 結核予防会総合健診推進センターの栄養士さんに食べていただきました。「さっぱりしていておいしい」「モチモチ感がある」「手がべとつかなくていい」といった感想とともに、「スローカロリーとは何かという説明が、包装に印刷されていたほうが良いのではないか」という指摘がありました。これには私も同感です。せっかく健康感を押し出すのでしたら、スローカロリーのメリットをどこかに表示しておくべきではないでしょうか。そうすれば、スローカロリーでないどら焼きとの値段の違いにも、多くの方は納得されると思います。
さきほど、血糖が心配で和菓子が食べられないという糖尿病の方が多いというお話がありましたが、糖尿病でなくても高齢者は食後に血糖値が急峻に上昇します。その上昇を抑えてくれるという点は、多くの高齢者のメリットですので、そのあたりの情報もわかりやすく表示してはいかがでしょうか。
森 少し補足させていただきますと、最近、食後血糖の急峻な上昇は、日本人では高齢者ばかりでなく、やせている若年者にもみられるというデータが発表されて注目されています。そういった若者にも、同じお菓子を食べるのであれば、「スローカロリーどら焼き」や「スローカロリー大福」を薦めるというのも良いのではないでしょうか。
また、私は京菓子組合と活動をともにしていたことがあるのですが、その時に気付いたこととして、茶道は和菓子を口に含んでから、抹茶の苦みで和菓子を楽しむのが一般的なので、スローカロリーではないと思われます。そういう京菓子にも、スローカロリーが浸透していくと良いと思いました。
社会の健康需要にあわせた和菓子の新たな展開
―御社の事業展開におけるスローカロリーの位置づけについて伺いたいのですが、スローカロリーのほかに、何か健康を意識した製品はございますか。
蟹江 「あめやえいたろう」という飴に特化したブランドがあります。その中にみつ状になった飴を、化粧品のリップグロスのような外装で包んだ製品があり、これは若い女性に支持されています。高齢者主体だった当社の顧客層を、一気に押し下げた製品です。 しかしこのみつ飴の開発が始まった背景は、高齢で嚥下力の落ちた方にも榮太樓の飴を楽しんでいただくにはどうすれば良いかという課題の中の1つのアイデアでした。結果的には、斬新なデザインの影響で若い人にも受け入れられたのですが、今後はこのような、若年層から高齢者層まで幅広く一緒にお楽しみいただける製品ラインナップを整えていきたいところです。
実際のところ、若い方の中にも「和菓子好き」は少なくないことがわかっています。ですから「ザ・和菓子」のような製品だけでなく、少しライトでおしゃれな製品を増やそうと、試行錯誤しているところです。いま紹介いたしましたみつ飴も、本来は嚥下に配慮した製品という、ある意味「からだにえいたろう」のブランドのコンセプトに合致する製品ですので、「健康」を基軸にしながら、他のブランドの製品を水平展開するような戦略も考えています。
森 リップグロス状のみつ飴はとてもお洒落で良いアイデアだと思いました。糖尿病患者さんの低血糖対策にもなりそうですね。 子どもと親、孫とおじいちゃんおばあちゃんが一緒に食べられるお菓子って素晴らしいと感心します。原料が自然食材なので、食育という観点でも良いと思います。
宮崎 高齢者にやさしいということは、若い人や子どもにとっても同じだと思います。企業としては製品が売れることが必須だと思いますが、社会全体が血糖の上昇を抑えるというスローカロリーを意識する必要な時代に変化してきていますので、スローカロリーを基軸にした製品開発は大変有望なのではないかと、本日のお話を伺っていて感じました。
―最後に、本日伺ったお話しと研究会がスローカロリー製品の支援できることについて、樫村理事にまとめをお願いいたします。
樫村 私の個人的な印象なのですが、2019年の当会主催の研究会のときに、榮太樓さんの「スローカロリーあまおう餡大福」を初めて食べて、とても感動したことを覚えています。他の製品はそれまでにも食べたことがあったのですが、あまおう餡大福は季節限定なので機会がなく、その時が初めてだったのです。パラチノースを使った製品の中で一番おいしいと感じました。季節限定と言わずにああいった製品をどんどん開発していただけたらと、可能性を実感いたしました。
一方、当会としては、スローカロリーの社会的な認知度の向上を目指して、いっそう精力的に活動を押し広げていく必要があるのも事実です。その活動を通して、スローカロリー製品がより多く流通し人々に、支持されるよう努力していきたいと考えております。
(本インタビューは2022年1月にオンラインで行われました)