エネルギー源としての糖質を考える 糖質の役割とは、カロリーの“量と質”
(出典:食品化学新聞)

 

3-3.スローカロリーで本当の満足感を

家森 幸男 先生
家森 幸男

武庫川女子大学教授
国際健康開発研究所所長

家森   私が世界中で、尿を採取して分かってきたことがあります。それは、マグネシウムの量です。世界中で、都市部に住む人はマグネシウムの摂取量が減少しています。また、マグネシウムを十分に摂取している人は、少ない人に比べて肥満が少なく血圧も低いという結果が得られました。もちろん、コレステロールも低い結果となりました。

 マグネシウムは、生体の中で300以上の色々な酵素反応に関係していますので、生命活動において非常に重要なものです。例えば、血圧について言えば、細胞の中はナトリウムが少なくカリウムが多いわけです。そのバランスをとって細胞は生きています。バランスを保つためには、細胞内に増えたナトリウムを細胞外に汲み出し、カリウムを汲み入れる必要があります。その役割を果たすのがナトリウムポンプです。このナトリウムポンプを動かすエネルギー源として働くのが「ATP(アデノシン三リン酸)」です。このポンプを動かすのを助ける補酵素がマグネシウムです。加齢によってもマグネシウムが減ります。加齢やマグネシウム摂取不足になると、細胞の中にナトリウムが蓄積します。そして、ナトリウムが水を引き付けてしまい、細胞が膨化します。血管の壁が厚くなれば当然、血圧も上昇します。そのため、マグネシウムを十分に摂取していれば、血圧は低いということなのです。

――その重要なマグネシウムを効率的に摂取する方法はありますか

家森   マグネシウムは、食物繊維と非常に関係が深いです。例えば、お米は精白しなければマグネシウムが6倍に高まります。大豆や木の実にも多く含まれます。また命が生まれた水に多く、海の幸である魚や海藻類にも多く含まれます。これらマグネシウムの多い大豆や海藻などの食材には食物繊維が豊富に含まれます。結果として、マグネシウムが多い食生活は、一緒に摂取する穀類の吸収をスローカロリーにしてくれます。

 つまり、マグネシウムの摂取を心掛ける事でスローカロリーとなり、肥満を少なくし血圧やコレステロールを下げます。いわゆるメタボリックシンドロームのリスクを減らすように働きます。日本では、江戸時代以降にお米を精白して食べるようになりましたが、大豆も食べておりました。日本の食生活は、食べ合わせが良かったと言えますね。

――糖質制限の考え方がありますが、先生のご見解はいかがですか?

家森  日本人は、エネルギーの60%程度を炭水化物から摂取し、世界一の長寿国となりました。基本的に、炭水化物を含めた糖質を摂ること自体は悪くありません。必要なのは、同時にタンパク質をしっかりと摂取することです。長くなりますが、その理由をご説明します。

 私が世界中で研究を始めるきっかけとなったのは、脳卒中を100%引き起こすラットの開発に成功したことです。1960年代に日本人は脳卒中が死因の第1位でした。日本食は食塩の摂取が多く血圧が上がり易い食生活でしたが、私はタンパク質不足が原因ではないかと考えました。脳の血管障害を分析したところ、血管の壁が栄養障害に陥っていました。遺伝的に100%脳卒中になるラットだからできたことですが、脳卒中になる過程の血管の病変を電子顕微鏡で見ることができたのです。人間で研究しようとしても脳卒中で亡くなった方の脳を病理学的に調べるしかないわけですから、脳卒中が起こったことしか分かりません。初めて遺伝的に100%脳卒中を引き起こすラットを開発できたことで、血管の病変がどこで始まるかを解明することができたのです。

 普通は、血圧が高いわけですから血管の内側からダメージが始まると考えますよね。ところが、実は脳の血管の外側から病変が始まることを突き止めました。脳の血管は、栄養を何でも通すわけではありません。脳卒中は脳の中でも、起こしやすい場所があります。開発したラットでも病変を起こしやすい部位がありました。血流は、心臓から流れて脳へ上がってきます。血流とともに血管が分かれていくことが当たり前ですが、脳は血流とは逆向きに血管が枝分かれする部位があり、その部位で脳卒中になり易いことが分かったのです。血流が強くなるにつれて、その部位には酸素を運ぶ大事な赤血球などが流れにくくなります。要するに、脳の血管の栄養障害が起きるのです。

――脳の血管の栄養障害にタンパク質が大事であると?

家森   我々は、タンパク質不足が脳卒中の原因であるとの仮説を持っていましたので、コレステロールとは関係のない大豆や魚を与える試験を行いました。そうすると、見事に脳卒中が抑えられたのです。脳卒中ラットの開発に成功したのが1973年です。その後、栄養の実験を行い、1970年代にデータを蓄積し、そのデータを取りまとめたのが1984年です。タンパク質が重要であることを訴えましたが、その当時は誰も信じませんでした。

 それが、30年経過した2014年に25万人の脳卒中を起こした症例の疫学データを分析した結果、タンパク質を多く摂取している人は脳卒中が起こりにくいという発表が初めて公にされました。脳の働きに必要な糖質とともにタンパク質は必須です。糖質制限というより、バランスが大事であると考えます。

――ゼロカロリー甘味料の存在意義について家森先生の見解をお話し下さい

家森   人が感じる"満足感"は、脳の中の線条体に対する「ブドウ糖」の働きにより分泌される"ドーパミン"という満足物質により引き起こされます。ゼロカロリーの甘味料は、甘みがあっても本当の満足物質が出ていないという研究が報告されています。

 甘さと共に、本当の満足感を得られるようにしなければいけません。そのためには、ブドウ糖が脳に届く甘味料を摂取することが必要です。最近、認知症の予防にもスローカロリーが大切であることを示唆する報告も出ました。本当の満足感を味わい、「足るを知る」の境地に至るのが、正しい食の在り方だと思います。

出典:食品化学新聞 2015年10月15日(第2605号)

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